ドクターに
手の延長として
使ってもらえるデバイスを外科手術用エネルギーデバイス

医療機器は命にかかわる場所で使われる道具です。それだけにそのデザインには高いレベルの完成度が求められます。とりわけ手に持って操作する医療機器はドクターが余計な疲労を感じることなく、意のままに操れるものでなければなりません。私たちがこうした医療機器をどのようにデザインしているのか、外科手術に使用するエネルギーデバイスを例にご紹介します。

医療機器デザインの基本プロセス

手術器具は人の生死に直結する可能性を持つ道具です。ドクターの身体の一部のように機能し、困難な手術を成功に導く手助けとならなければなりません。そのためにはあらゆる可能性を検討した上で結論づけられた最良のデザインであることが求められます。医療機器のデザイナーは自分自身が真のユーザーにはなり得ないだけに、そのデザインプロセスには困難が伴います。その障壁を乗り越えて、真のユーザーであるドクターに満足してもらえる医療機器をどのようにデザインしているのか、その一端をご紹介します。
今回例として取り上げるエネルギーデバイスは、血管封止、切開、止血などの処置を行う手術器具です。ドクターが直接手で持つため「手持ち型機器」と呼ばれます。手持ち型機器は、ドクターが自分の手の一部であるかのように扱えるのが理想です。ドクターは時には10時間を越えるような手術を行うこともあります。そのような状況下においても、道具がドクターに余計な疲労やストレスを感じさせてはなりません。
その理想を達成するためデザインのプロセスは、

  1. 社内スタッフによる手術シミュレーション
  2. 課題の抽出
  3. 機器モデルの製作
  4. ドクターへの意見聴取

という流れで進めます。1では手術台と同じ高さに人体モデルを設置し、社内スタッフがドクターや助手などの役を務め、準備から撤収までを試行します。そして手術プロセス全体を見渡した上での使いやすさやドクターに与える疲労などを検討します。2ではその作業を通じて浮かび上がった課題を抽出し、解決のための仮説を立てます。3ではその仮説に基づいた機器モデルを製作します。4はその機器モデルについてドクターに意見聴取します。2〜4のプロセスは課題が解決するまで何度も繰り返します。それによってデザインの完成度を高めていきます。

人が使いやすいデザインを

手持ち型機器のデザインで重要なのはエルゴノミクス —— 人間の生理的・心理的な特徴を基にして使いやすさを追求する考え方 —— です。しかし決して奇抜な形が求められるわけではありません。人間の手が動く範囲は解剖学的に決まっています。そこから外れて独特な発想でハンドルをデザインすると、本質から逸脱していきます。今回の製品も初期段階では様々な可能性を検討しましたが、最終的に開腹手術用デバイスはピストル型とハサミ型に、腹腔鏡手術用のものはピストル型に決定しました[注1]。
特に開腹手術用デバイスの場合、機器自体がドクターの視界を妨げることは回避しなければなりません。次に私たちは決定された基本造形をブラッシュアップする作業を行います。本当に必要な形状は何かを見極め、それ以外の部分は徹底して削ぎ落とします。この作業を通してハンドルの造形はユーザーの手に負担を与えることなく意のままに操作できるものへと完成度を高めていきます。結果として削ぎ落とされたことで最小の形となり、ドクターの視界を妨げることを最小限にします。


ピストル型


ハサミ型

ユーザーは世界中に広がっていますが、手の大小や指の太さの違いにかかわらず、使いやすいサイズにすることが肝要です。モックアップ(全体形状の検討モデル)を作成し、実際に手で握って修正点を見つけます。使いやすさは微妙なバランスの上に成り立っているため、1か所の変更が全体に影響します。このためおびただしい数のモックアップを作成して微調整していきます。

[注1]開腹手術とは腹部を大きく切る手術のこと。一方、腹腔鏡手術とは腹部に小さな孔を複数開けて、必要な器具や処置具を挿入する手術のこと。後者は一般に患者さんの身体に与える負担が小さいといわれていて、1990年代以降発達してきています。

すべてのデザイン要素に意味がある

ハンドルの形状について説明できないデザイン要素はないと言っても過言ではありません。例えばボタンの位置。今回のエネルギーデバイスには、組織を切離(せつり=切り離すこと)するボタンと、出血を防ぐための血管封止(ふうし=漏れたり流れ出たりしないように封をすること)をするボタンの2つを装備しています。2つのボタンの押し易さと誤操作防止の両立という相反する要素のバランスを取る難しさをデザインで解決しなければなりません。特に腹腔鏡手術の場合、ドクターはモニターを凝視していて手元に目をやることは稀なので、ブラインド状態でもボタンを識別できる配慮が必要です。そこで2つのボタンは色を変えるだけでなく、片方のボタンには突起を設けて触覚による識別も可能にしています。

固定ハンドルの角度にも、大きな意味があります。ピストル型のエネルギーデバイスには、腹腔鏡手術用と開腹手術用の2タイプがあります。これらの形状は同じように見えますが、固定ハンドルの角度には微妙な違いがあります。腹腔鏡手術と開腹手術というそれぞれの用途において使い勝手が最適になるようにわずかに角度を変えています。
また実際の手術では手持ち型機器や手術用グローブに血液や脂などが付着することは避けられません。そうした状況でも確実な操作を実現するために機器が滑らない工夫が必要です。


上:腹腔鏡手術用 / 下:開腹手術用

固定ハンドルには、滑り止め用の小さなドット状の突起を設けています。第一候補はゴム素材の貼付でしたが、デザイナーが手術用グローブをはめて社内で机上評価した結果、グローブが濡れた状態ではかえって滑りやすくなることが分かりました。そこで突起を机上評価したところ高い滑り止め効果が得られました。

一方、部位によっては意図的に滑り止めを外しています。ピストル型の開腹手術用デバイスの可動ハンドルには外側からも手を掛けられるようにゴム素材を装着していますが、ハンドル下部の数センチだけはゴムを除いています。手術の際、患者さんにはドレープ(布)が掛かっていますが、布とハンドルのゴム素材が当たると摩擦が生じて機器が引っ掛かってしまうのです。こうした細部に至るまであらゆる場所にデザインの意味を込めています。


開腹手術用デバイスのハンドル


腹腔鏡手術用デバイスのハンドル

医療界全体への貢献を目指して

私たちがデザインする医療機器は、人命を預かるスペシャリストが扱う製品です。ユーザーはアジア、アメリカ、ヨーロッパに広がっています。私たちは各地域でドクターと直接コミュニケーションを取りながらデザインしています。デザインに役立てるため手術に立ち会うこともあります。人の命を救うためドクターが真剣に戦っている様子を目の当たりにすると身の引き締まる思いがします。
ドクターに疲労を与えないデザインは、私たちにとって大きな目標の1つですが、それは必ずしもドクターにとって第一の関心事ではありません。ドクターとお話しすると、自分自身の疲労を軽減することよりも患者さんのことを第一に考えた低侵襲な手術の追求や術後の生活レベル向上に関心を持っておられることが分かります[注2]。このような高い理想を持ったドクターに使っていただき、その仕事を支援する機器に仕上げていくことが私たちの使命です。
また医療機器デザインに携わることは、一メーカーの立場を超えて医療界全体にも責任を負っていると考えています。高いレベルの製品をリリースし、競合他社と競い合うことで医療界全体のレベルを上げることができます。それは医療機器を開発するメーカーのデザイナーとして欠かすことのできないマインドだと思っています。

[注2]低侵襲な手術とは、身体につける傷をなるべく小さくしたり手術時間を短くすることで患者さんへの負担を抑える手術のこと。