内視鏡製造一筋40年、レジェンドが語る「ものづくり」の情熱

会津オリンパスは、300種類を超える消化器内視鏡を生産し、世界シェアの約70%を占めています。今回は内視鏡製造一筋に40年間情熱を注いできた阿部昭治さんに、世界が認める内視鏡を生んだ妥協を許さない「ものづくり」の志と、“ペイシェント・セーフティ(患者さんの安全)”を追求する想いについてうかがいました。

内視鏡に300種類のラインナップがある理由

阿部さんは、地元の工業高校卒業後、会津オリンパスに入社して内視鏡製造一筋40年。「ものづくり」にこだわり続けてきました。阿部さんを含め、会津オリンパスに勤める社員のほとんどは地元・会津の出身者です。「会津人」の気質は、粘り強くて辛抱強い昔ながらの職人気質。そんな気質が、内視鏡の精密なものづくりにぴったりマッチしているのです。

「内視鏡づくりの特徴は、微細で特殊な製造プロセスにあります。そのため、市販の道具や設備では対応できないことも多く、自分たちで作り上げなければなりません。中には内径1ミリの部品を削る刃物が必要になることもあり、ミクロン単位の精度が求められます」(阿部さん)

会津オリンパスはオリンパスの内視鏡製造のマザーファクトリーです。消化器内視鏡のシェアは世界で約70%にも達します。世界中の病院で使われる内視鏡のほとんどが会津オリンパスで製造されたと言えるかもしれません。

内視鏡のラインナップは、300種類を超えます。その特徴は、多品種極少量生産。医療従事者の声に徹底して耳を澄ませ、彼らの求める細かいリクエストを一つひとつ丁寧に形にしてきたからこそ、さまざまな仕様の内視鏡がつくられてきたのです。緻密で粘り強い会津人の気質がここにも如実に現れています。

アイデアを形にする「阿部ノート」とトライアル&エラーの精神

阿部さんは、ありたい姿を思い描き、コンセプトを鮮明にするため、実現に向けたアイデアをノートに書き綴ることを習慣にしています。思いついたらすぐに書き込んでいます。ときには詳細なイラストを入れて、他の人が見ても理解できるような工夫も忘れていません。この「阿部ノート」があるからこそ、阿部さんのアイデアを社内で共有でき、革新的な「ものづくり」にチャレンジしているといっても過言ではないでしょう。

「私のものづくりは、アイデアをノートに書いてわかりやすく図にして、『これができたらすごくない?』と投げてみるところから始めます」(阿部さん)

例えば、「阿部ノート」から実現したアイデアの一つに、現在計画中の生産ラインでの革新的な手法があります。これまでの内視鏡最終組み立て工程は、一つの工程が終わると次の工程に作業者が持ち運び運搬しています。この作業者が行う運搬自体は製品の価値を直接高める作業ではなく、いわば生産効率上「無駄な作業」です。また、作業者が一つの作業に集中できず、品質の低下を招くことにもなりかねません。

そこで、『ワンボードアセンブリ』という、製品を一枚のボードの上に固定し、すべての作業をその上で完了させる生産方式を採用しようとしています。ボードは自動搬送され、作業者は目の前の作業に集中する。これにより、運搬の手間がなくなり、作業の効率化と品質の向上が期待できます。このワンボードアセンブリのアイデアは、阿部ノートから生まれました。

「阿部さんのやりたいことが社内で形になっていくのはまるで魔法のようだ」と言う社員もいます。このことは社内で密かに「阿部マジック」と呼ばれています。ただし、阿部さん自身は、アイデアがいきなり完成品になることはないと慎重な意見です。

「トライアル&エラーを繰り返さないと、決してアイデアはいいものにはなりません。やる前にあれこれできない理由を言うのではなく、『まずはやってみる』を合言葉にして実際にものづくりを始めることが大事です。すべてがうまくいかなくても、野球選手のように3割いいものができればいいと考えて果敢にチャレンジすることを心がけています」(阿部さん)

業務外の阿部さんも仲間と創造することを趣味とし、休日には年代や世代を超えた社内の仲間とバンドを組んでいます。ギターの腕は一級品。しかも作詞作曲までしてしまうマルチぶりです。バンド活動があるときには、常に新曲を作って参加し演奏しているほど入れ込んでいます。

趣味も内視鏡づくりも常に全力投球でトライアル&エラーの姿勢なのが阿部さんのスタンスです。阿部ノートとトライアル&エラーの精神が、会津の内視鏡ものづくりを世界に広めたのかもしれません。

“ペイシェント・セーフティ”の視点で内視鏡と向き合う

「ものづくり」に対する妥協のない姿勢。その背景には「患者の安全を最優先に考え、医療に伴うリスクを可能な限り低減する」という"ペイシェント・セーフティ"の想いがあります。

「家族、親戚、友人など、愛する人が安心して内視鏡を使って健康になってほしい。その純粋な気持ちこそがペイシェント・セーフティの原点だと思っています」(阿部さん)

社員は内視鏡の製造現場に配属されると、自分の業務領域に集中するため、視野が狭くなりがちです。取り組んでいる仕事の延長線上には医療従事者がいて、その先には患者さんがいるというイメージを持てなくなることがあります。そんなときこそペイシェント・セーフティを自覚しなければならないと阿部さんは力説します。

創造的な破壊が必要な時期に来ている

今後、高齢化社会を迎える日本を中心に、世界中で内視鏡のニーズは年々増えていくことが予想されます。さらに生産規模も大きくなっていくはずです。その一方で、日本の労働人口は減っていく方向にあり、いかに内視鏡製造の生産性を上げるかが課題になっていくでしょう。そのためにデジタルの活用、自動化を織り込んだイノベーションが重視されていきます。

「私がこれからの会津オリンパスに期待すること。ちょっと辛口になりますが、我々は、内視鏡のトップランナーであるがゆえに、自分自身が見えなくなってくるリスクがあると思っています。内視鏡の設計も製造も、先人の財産の延長で成り立っていることを忘れてはいけません。同時に、この延長上に明るい未来があると思うのは危険です」(阿部さん)

現状を否定して、自らの手で『創造的な破壊』を行い、新しいイノベーションを起こしていく。会津オリンパスの仲間たちにはそれができる強い志がある、と阿部さんは信じています。

2025年1月の取材に基づき作成しています。