日本から東南アジアへ
手術技術を届け続ける耳鼻咽喉科医「Dr. Bala」の挑戦 

東京慈恵会医科大学の耳鼻咽喉科医である大村和弘医師は、鼻の中にできた腫瘍の内視鏡手術で世界有数の症例数を誇ります。「世界一の外科医になる」ことをめざして自らの技術を高める一方、ラオスやカンボジアなどで最先端の医療技術を伝える活動を15年以上続けています。大村医師の挑戦は、単に技術の伝達に留まらず、東南アジアの医療現場に新たな光を当てています。

「Dr. Bala」として東南アジアの医療を支援

医師の父親と薬剤師の母親のもとで育ち、自然と医療の道を志すことになった大村医師。当初は終末期医療に関心があったそうですが、さまざまな医師の話を聞く中で、がんを治す外科医になることを決意します。「僕にとって大切な人の大切な人、例えば、親友の親の手術を任せてもらえるような医者になりたい、というのが原点です。その思いは今も変わっていません。」(大村医師)

そんな大村医師の国際協力活動がスタートしたのは、2007年のことです。ミャンマーを中心に東南アジアで支援活動を行う国際医療NGOのメンバーとして、現地の病院で医療支援に携わりました。医療機器が整備されておらず、停電もときどき起きる厳しい環境の中で、治療や手術に情熱的に取り組んだ大村医師。現地のスタッフや患者さんからは、ミャンマー語で「力持ち」を意味する「Bala(バラー)」の愛称で呼ばれるようになりました。Dr. Bala(ドクターバラ―)の誕生です。

それ以来、東南アジアの各国に赴き、「1年間のうち1週間を現地の医療支援に費やす」という独自の活動を続けています。滞在中、患者さんたちを集めてもらい、毎日3、4件の手術をしているという大村医師は、現地の病院で内視鏡手術を実践しながら、各国の外科医たちにハイレベルな医療技術を教えています。「ラオスでは、もう助からないと言われていた人が地方から頑張って来てくれて、手術で治したのは良く覚えています。カンボジアでは、海外で8回も手術を受けたのに治らないという患者を手術して治療したこともあります。現地では病気を治すことができず、泣いている人がたくさんいます。そういう人たちを手術で助けられることにやりがいを感じます。」(大村医師)

現地の医療課題の解決に必要なこと

東南アジアでの医療活動の大きな課題は、医療機器や設備が不十分な場合が多いことだと大村医師は話します。制約の多い環境の中で、治療や手術を進めないといけません。「東南アジアの医師たちも、十分な医療機器がある状態で手術をしたいと思っています。それができないことに、もどかしさを感じることもあります。」(大村医師)

そんな厳しい環境では、日本の企業による協力が大きな助けとなっています。「ラオスで医療技術の支援を始めたときは、オリンパスさんに医療機器をお借りして手術をさせてもらい、すごく助かりました」と、大村医師はふり返ります。「企業の方々にお願いしたいのは、メイド・イン・ジャパンの高いクオリティのものを作ってほしいということです。しっかり高いレベルのものを届けることは、医師や患者さんにとって、すごく大切だと思っています。」(大村医師)

また、内視鏡の技術が学べるオリンパスのトレーニングセンターの役割も大きいと、大村医師は指摘します。「アジア各国の医師たちに優れた技術を届けていくことで、医療技術の貧困や医療教育の貧困の問題を解消できるのではないかと思います。」(大村医師)

「現地の医師たちと伴走できている」と感じられる幸せ

大村医師が東南アジアで続けてきた医療技術の支援活動。その成果は着実に現れています。「現地の人たちと一緒に伴走できている。お互いに成長しているのを感じています。15年前から彼らのことを知っているわけですが、かつてとは全然違います。その姿を見られるのはすごく幸せです。」(大村医師)
今後は「より高難度の手術を提供していきながら、その技術を他の医師たちに共有していきたい」という大村医師。「自分の後輩たちに堂々と見せられる背中であり続けたい」と抱負を口にします。

また、大村医師から手術技術を学びたいという声は東南アジアにとどまらず、世界中に広がっています。2022年から23年にかけて招待を受けた国は、ドバイやイラク、ブルガリアを含め10カ国に及びます。「最終的には世界を良くしたいと、生意気かもしれませんが本気で思っています。」(大村医師)

強い想いと志を原動力に、世界の医療水準の向上をめざす大村医師の挑戦は、これからも続きます。