見える壁と見えない壁 「見える壁と見えない壁」(中編)

「小さいから」の既成概念を超えて
従来の半分にしようとチャレンジする。

それじゃ、どのくらい小さければいいのか?ユーザーが撮影現場でその小型によるメリットを十分に実感できるぐらいの小ささでなければ努力する意味がありません。たとえば今ここで、小型一眼レフの小ささを実感し、1か月後ニューヨークで別の小型カメラを見て、やっぱり前の一眼レフカメラの方が小さいと認識できるほどの小型であってほしいのです。それには、容量や重量を半分にしたいのです。半分にするなら、苦労して作り出すだけの存在価値が生まれます。半分にしようと、大きくレイアウトを描いて皆の説得にかかりました。目標値は長さ×0.8、高さで×0.8、奥行きでも×0.8。
0.8×0.8×0.8は0.512となり、これで体積は半分近くになります。各辺で20%小さければ体積は半分に近くなります。こんな話をして理解を得る努力をしました。

後の話になりますが、発売当日新宿のカメラ店の店頭でカメラを販売する様子を見ていたことがあります。お客さんの1人が「M-1」を見たいと店員さんに頼んでいる。ところが、発売直後だったのでその店には数台しか入っていなかったのでしょうね、最後の1台になっていた。これを売ってしまってはウィンドウから「M-1」がなくなってしまう。そこで店員さんはひとこと、「これは小さいだけですよ」と言ってお客さんに他のカメラを薦めていました。

そのやりとりを見聞きしていて、やっぱり、小型に対する見えない壁を改めて認識しました。実際は、小型化にはお金もかかって大変。しかし一般的には、小さいから安くなる、小さいから弱いのだと考えがちで、これが見えない壁となっていました。

この見えない壁に挑戦し小型化を図ろうとしても、そこには同時に技術的難題が見える壁として立ちはだかります。

小型化を阻む見える壁を打破する原点は、中枢機能の移転でした。その他を小型にする例として、カメラの背を低くする時はどうすればよいか。またもや非常識な考えなのですが、集光コンデンサーを省略してしまおうというのです。その代わりペンタプリズムの下面を平面から曲面に変えてレンズにしようと、発想を転換したわけです。製造サイドでは、ペンタプリズムの下面を基準にして各面の精度を出していたのです。そこを球面にしたのでは基準面がなくなり、角度が出しにくいと工場から随分叱られました。それでも、これを実施しなければ背は低くなりません。

シャッターはフォーカルプレーンシャッターです。シャッターの前膜にも後膜にもリボンが付いていてひっぱります。この画面の外側上下を走るリボンはけっこうな幅があってカメラの背を高くしているので、その幅を小さくできないかと考えました。そうだ、ヒモにしよう。伸び縮みしないヒモにすればいい。いろいろな問題がありましたが、結果的に背の低い「M-1」はできあがりました。

ついにOMシリーズが市場へ、
小型軽量がプロ・カメラマンの肩をラクにする。

35mm一眼レフカメラは、標準レンズを装備して1200g。「M-1」は684gですから、約半分です。ボディだけでなく、交換レンズやその他付属品も半分にするのです。これまではプロカメラマンが撮影現場に出かけるとき、カメラ数台、交換レンズ、その他付属品を含め、カメラの鞄は相当重くなります。それが半分の数kgですむのですから、プロカメラマンの行動範囲が飛躍的に広がります。確かに、カメラ一台を手に持って、小さいだけじゃないかと見えない壁を、前面に押し出す人もいますが、数kgにおよぶ、そのユーザーメリットは大きなものがありました。この半分にもおよぶ小型軽量という価値創造によって、最後発のオリンパスは先行する4社の市場を割り込み、一眼レフメーカーの仲間入りができました。しかもその中でトップの座を争うまでになりました。

岸本元会長が、オリンパス・ヨーロッパの支店長をしていた時、OM一眼レフを使ってくれている世界中のプロの方々を招待しようと、南フランスのコートダジュールのホテルを借りきったことがありました。プロ・カメラマンは毎日ハードな仕事をされている、とにかくここで3日間ゆっくり羽を伸ばしていただこうというのがこの企画でした。

私もその会にホストとして参加しました。ユーザーであるすべてのプロをご招待したいが、それは無理なので、各国ひとりずつ約30人のカメラマンが集まりました。その中のひとりに、イギリス代表のドン・マッカランがいました。銀座の松屋で開かれた「世紀の写真展」の200点ほどの写真の中の10数枚が彼の撮影によるものという有名なカメラマンです。ところが彼がホテルに現れない。その夜電話があって、行くつもりでロンドン空港まで行ったが、空港がストライキのために飛行機が飛ばない。仕方なく家に帰ったそうなのです。次の日も来ません。するとまた連絡があって、今度はパリに到着したが、コートダジュールに行くローカル線が満席で乗れない。パリに一泊しようとしたが、ちょうど何かの催しものがあったらしく泊まるところもない。仕方なく、もう一度ロンドンに戻ったそうなのです。3日目、そろそろ会を閉じるという時、ついに彼が現れました。

「もうそろそろ会を閉じる頃ですよ」と言いましたが、彼は「私は地中海で遊ぶ気はありません。ただ、米谷さんにひとことお礼を言いたくて3日間かけてやってきたのです」と言いました。

マッカランは、ベトナムで取材をしてきました。だいたいプロ・カメラマンの取材現場にはカメラが数台と数多くの交換レンズや各種装置が持ち込まれます。鞄は10kgを超えるほどの重さになってしまいます。「M-1」を使うと数kgに収まるので、撮影現場での行動範囲が広がったというのです。その実践体験を通して、「世界中の報道カメラマンに成り代わり、その肩を解放してくれたことにお礼が言いたかったのでやってきました」というものでした。

われわれの見える壁、見えない壁に挑戦する努力もわかる人にはわかってもらえるものだと非常にうれしく感じたことを昨日のように思い出します。

TTLダイレクト測光、フォーカルプレーンシャッターなど
つぎつぎと新システムを開発。

OMシリーズには、まだまだ特徴があって、その1つであるTTLダイレクト測光のシステムを世界最初に搭載したのは「OM-2」です。これにより、ストロボ撮影を含めた一眼レフでさらなる高性能化を実現しています。

一眼レフの光を測る方法は、レンズが光を集めてきて、その明るさでシャッターや絞りをコントロールするTTL測光です。

一眼レフではシャッターを切ると、一瞬ファインダーが真っ暗になり、撮影が終わるとぱっと明るくなります。ファインダーが真っ暗になる瞬間は光がフィルムに当たって撮影している瞬間で、ファインダーは暗くなります。従来のTTL測光では、撮影する直前のまだ明るい時のファインダーの明るさを測っています。撮影する瞬間は光がフィルムに当たり、ファインダーの方が暗くなってしまうので明るさを測ることができません。したがって、撮影するより前ファインダーが暗くなる前の明るさを測っておき、それを記憶し、その記憶した数値に対して絞りやシャッターをコントロールします。ファインダーが暗転する撮影中の光は測ることができません。

撮影中のみ発光するストロボはファインダーが真っ暗になった瞬間しか光らないので、残念ながらストロボの明るさを測ることができません。残念ながらストロボ撮影では測光不可能となり、コントロールもできません。

「OM-2」では、この大きな欠点を解消するためにダイレクト測光を開発しました。ファインダーが暗くなった後シャッターが開いて、今撮影している明るさを直接測ろうというものです。ファインダーが明るい時も暗くなってからでも、撮影する瞬間の光を直接測るのでダイレクト測光と名付けました。この方法だと撮影する瞬間しか光らないストロボの明るささえも世界で初めて測光可能となり、コントロールできるので、一眼レフにとって理想的な測光方式となりました。

小さいから、安かろう、悪かろう、弱かろうという悪しき既成概念を打破し、10万回のライフサイクルを持たせるなど、従来の一眼レフにない機能ものまで入れて見えない壁を打ち破ろうとできるだけシステム展開をしました。

OMシリーズ開発の基本コンセプトは“宇宙からバクテリアまで”のすべてを写しとめる壮大な構想のもとに展開された一眼レフカメラです。第一の特色は高級万能一眼レフカメラ、それが「OM」といって過言ではありません。第二に小型軽量です。