カメラ開発における「価値創造」 価値創造(後編)
失ってみて初めてわかる価値があり、
世の中のブームを引き起こす「価値の創造」がある。
さて創造する「価値」とは何かを明確にしておかなければなりません。十人十色の価値観があって、どれを求めていってもすべて正解だと思います。しかし、そのうちの最も大きな価値は何かを見極める必要があります。その価値の中にも大小各種あり、メーカーとしては最大級の価値はどれかを見極め、それを追い求めて新製品が生まれるのです。
たとえば、携帯電話などの話ですが、今携帯電話あるいはパソコンが世の中からなくなってしまったら大変です。なくなってみてその不便さが初めてわかる、それがその商品の存在価値ではないかと思います。そんな最大級の価値を見出す必要があります。
そのメーカーがどんな性格の企業なのかを外部から知ろうとしても、情報量が少なくてなかなかつかめません。その大きな情報源として、外部の目は新製品に向かいます。その意味でもみなさんは、どんどん前向きになって新たな価値を創造し、新製品を出していかなければなりません。
小さくとも美しい写真が撮れる
世界を引き付けた「ハーフのオリンパス」
ハーフサイズを普及させるために「ペンすなっぷめいさく展」という写真展が、文藝春秋社の協力を得て開催されました。井上靖、松本幸四郎、大谷直子、石原慎太郎など、作家や俳優など有名文化人が「ペン」を使って撮影した写真展です。それぞれの写真の横に、撮影者のコメントが直筆で添えられていて大盛況でした。
それまでは写されることしかなかった人達に「ペン」カメラをお渡しして使ってもらったのです。カメラを持ったことのない文化人がシャッターを切ったのですが、撮影した本人が驚くほど、きれいな写真が大きく引き伸ばして展示されていました。あまりお目にかからない楽屋内での生の姿が写しとめられていたり、飾らぬ被写体の新鮮さや率直なアングルの良さもあって、写真展も盛り上がり、押すな押すなとたくさんの人が押しかけました。「オリンパスペン」は使い方が簡単なのに、よく写ると大評判で、ハーフサイズの普及に大変役立ちました。
サンデー毎日では、作家が取材の際に「ペン」をメモ・カメラとして使っているという紹介記事が掲載されました。価値を創造しようとする時、最大限の価値をどう見つけるか、それはユーザーが決めることでもありますが、世界の市場を動かすような視点で価値を見つけ出す努力が大切ではないかと思います。
当初、ハーフサイズはカメラの普及を考え、サブカメラと初心者用カメラを中心にして展開していたので、メーン写真を写すことの多い一眼レフはそのシリーズの中に入っていませんでした。「ペン」シリーズの人気があまりにもよいので、ハーフの一眼が欲しい、という要望がユーザーサイドから出てきたのです。ハーフサイズの限界から考えて、一眼レフは意識的にシリーズから外してあったのですが、そんな多くのペンカメラシリーズの中で、初めてユーザーや営業から要望された唯一の幸せなカメラでした。あまりにも独創すぎて、とかく反対されがちなハーフサイズカメラの中では、その出現を待たれている「ペンF」は誕生時から幸せなカメラといえるでしょう。
当初、35mm一眼レフの発展型として小型になるくらいに軽く考えていたが、やってみると似て非なるもので根本から考え直さなくてはなりませんでした。すべての原因は35mm判が横長画面であるのに対し、半分に切ったハーフサイズは縦長画面になるからです。それでも、ポロプリズムとロータリーシャッターで何とかハーフサイズ一眼レフも作れることがわかりました。一眼レフ独特の屋根型突起もなくなり、すっきりした世界最初の一眼レフができたのです。
最初の構想計画からはみ出したハーフサイズ一眼レフではありますが、巻き起こしたハーフサイズブームの頂点に立ち、全体を牽引するカメラとして、新しい価値を創造することができたと思います。
ちょうど大阪万博の頃でした。松下館でいろんな分野から当時の生活用品を集め、それをタイムカプセルに入れて1000年後に開けてみようという試みがありました。今も大阪城の敷地内に埋まっています。カメラの代表としては「ペンF」が選ばれました。当時のカメラの代表として1機種だけが選ばれたこと自体が価値だと思います。私の中ではその価値が喜びに代わった出来事でもありました。