カメラ開発における「価値創造」 価値創造(後編)

35mm一眼レフカメラ市場へのデビュー

オリンパスがハーフサイズカメラで市場を席巻している頃、輸出市場では35mmの一眼レフの進出が勢いを増しつつあり、日本製のカメラの生産台数がドイツを追い越そうという時期でした。ちょうど日本国内の不況と重なり、その不況対策として輸出拡大が叫ばれ、輸出部門から35mm一眼レフを作るようにという強い要望が出されました。

「ペンF」システムの完成に向けて、活動していた私達の開発チームにその担当が命じられました。「ペンF」の人気に引かれ、その対応に忙しく35mm一眼レフ市場への参入は最後手となってしまいました。既に、35mm一眼レフ市場は大手4社それぞれが25%前後のシェアをおさえていて、他は入り込めません。がっちり固められている市場に入り込もうとすれば、はじき飛ばされる状態でした。それでもオリンパスの実力をもってすれば最後発のメーカーとして参入できるであろうという軽い気持ちが社内にありました。しかし、最新の新製品1機種だけで勝負できるコンパクトカメラとは違い、数多くの交換レンズなどを準備する必要のあるシステム一眼レフとなると、手持ちのシステム全体を買いなおす必要があるので、そう簡単に参入できるとは思えません。そこで、何を武器にして参入を試みるかは重要なテーマと考えました。

では何に価値を求めるかを見極めるために、まずは一眼レフの原点に立ち返ったのです。

35mm一眼レフはドイツで誕生しました。その最大の特徴は超望遠レンズも使え、接写もできるパララックスもないなど、ライカにない高機能を備えていました。

しかし、高機能の一眼レフにも方欠点もはありました。大きいこと、重いこと、音が大きいことです。さらに写した後、ファインダーが真っ暗になること、レンズの絞りを絞った時、ファインダーが暗くなることなどの欠点です。

一眼レフの技術が日本に入ってきて、クイックリターンミラーとか、ウィンク絞りなど改良されましたが、カメラが大きくなるなどの基本機能には手が付けられていない状態でした。

これから取り組むにあたって、一眼レフの高い性能を維持しながら、この大きく、重く、音が大きいという三悪を追放することに価値を求めたのです。

しかし、小さい一眼レフを提案しても誰も認めてくれませんでした。単に小さいだけではダメだというのです。とうとう最後のせりふとして他社と同じものでいいから早く作れと言いだす始末。それなら既存の一眼レフメーカーから買ってきてメーカー名のロゴだけ替えればいいじゃないか。そう言うと、それでもいいと言うのです。輸出拡大に向けて、まさに藁をもつかむ気持ちだったのでしょう。こんな状態ですから、なかなか前へ進みません。こうして半年が過ぎました。

これから、35mm一眼レフシステムを作ろうとするのですから、私としてもターゲットを明確にして取り組まなければなりません。

第1条件として、一眼レフならではの高機能・高性能の追求でした。

“宇宙からバクテリアまで”を合言葉にわれわれの接する自然のすべてを網羅しているような写真を撮影できる一眼レフの追求です。オリンパスが作る以上は、他社の機能・性能以上のものでなければいけません。どんなに安くても、どんなに使い方が難しくとも、とにかく高い機能・性能レベルを確保することを第1条件にしました。

もう1つは、一眼レフカメラは大きく重いといわれていることに対して、小さいレンズ、小さいボディを実現しようという提案でした。メカニズムがいっぱいつまっているのに、さらに小さくしようというのは大変なことで、そう簡単に小型にはなりません。その壁を乗り越えていくところに価値を求めていこうということです。

私自身が一眼レフを使う気になれない理由は、とにかく大きく重いからです。カメラ本体なら数百グラムの差かもしれませんが、撮影に出かける時に交換レンズなど、いろいろなものをセットで持つと、かなりの重さになり、行動範囲が制限されるからです。それを打開することに挑戦しようということです。

それでは、いったいどれくらい軽く小さくなればいいのかとなりますが、全体量として「半分にしよう」と思いました。容積や重量を半分にするには、各辺を0.8倍に縮小すればよいのです。容積は縦×横×高さですから、0.8×0.8×0.8=0.512となり約半分になります。小型軽量といっても、物差しで測らなければわからないような差ではユーザーメリットがありません。このくらい小型軽量になれば撮影用カバンが何kgも軽くなるから、新しく作るだけの存在価値があると思いました。

大手4社によってがっちりおさえられている市場にオリンパスが殴り込みをかけようというのですから、それなりに全力投球しなければなりません。これから高性能の一眼レフを作ろうというのですから、“宇宙からバクテリアまで”を写しとめられるような高性能のシステム展開が大切だと考え、それを第1条件にしました。その上、第2条件として小型軽量化を取り上げました。小さいから弱いとか性能が悪いとかなどとはならないように、システム展開をすることです。

こうしたシステム全体を通しての小型軽量化は、実際に使われる一眼レフユーザーに認められるだけの価値創造となり、「OM」発売後、先行4社をおさえて一時期トップに躍り出て、後発メーカーの参入も一応目的を果たしました。世界中の一眼レフメーカーを巻き込んで、各社が小ささを追いかけ、超小型一眼レフブームとなっていきました。

新しい価値の提案、
常時携帯するキャップレスの超小型カメラ「XA」

そうこうしているうちに、当時の営業本部長は販売実績を示すデータを見ながら、伸びる一眼レフに対し、当社がトップを走っていたコンパクトカメラ分野でわずかながら頭打ちになっていることを示し、何とか手を打たなければならないことを提言されました。しかし、コンパクトカメラに求める新しく創造すべき価値がなかなか見つからない。

“宇宙からバクテリアまで”、何でも写せるというのが35mm一眼レフ「OM」のテーマですから、写せないものはないはずです。もし写せないものがあるとすれば、それはカメラを持っていない時だけです。

しかし、いくら小型軽量とはいえ、いつも一眼レフを持つわけにはいかないでしょ。生活する中でカメラを持つという負担をなくすには、映画「ローマの休日」に出てくるライターカメラのようにいつもポケットに入れておけるカメラならいい。これから求める新しい価値になりえると考えました。

常時携帯するとなると、ケースなし、キャップなしにする。そういうカメラを作ろうとしたのが「XA」開発の基本概念でした。市場のどこを探してもそういうカメラがないから、新しい価値の提案です。いつでもシャッターチャンス時に取り出せるところに価値を求めました。いつも持ち歩くにはワイシャツのポケットなどに入れられ、レンズなどに埃がつかないケースレス・キャップレスの超小型カメラに新しい価値創造を求めたのです。

これまで公表したことはないのですが、実はXAにはもう1つ隠れた目標がありました。最近のカメラにはプラスチックが多用化される時代となってきました。プラスチックを使うと、オモチャっぽくなる欠点を持っています。設計者のこだわりかもしれませんが、プラスチックを多用しても高級感を出せるようなデザインがあるのではないか、と密かに手を打ってきたのです。

プラスチックを多用するが高級感を前面に押し出すため、機械としての設計よりも先にデザインを優先したのが「XA」でした。この提案に対しては、当時2割が賛成、8割が「そんなのはカメラではない」と反対。中間がありませんでした。幸いにも「XA2」はグッドデザインの最高賞、グッドデザイン大賞にカメラとしては初めて選ばれることになりました。建築物や乗り物の自動車、家具、調度品に至る多くのGマークの中から、ただ1機種のみ選ばれる大賞です。今では、常時携帯するカメラというXAのコンセプトが、携帯電話に組み込まれたカメラという形でも継承されています。

以上、本日は時間がなくなり、「OM」と「XA」については説明不足となりましたが、新しい価値を作り出そう、真の価値とはなんぞや。カメラマンにとって撮れないものがあるなら、それを撮れるようなカメラにしよう。そういうところでの最大の存在価値を求めてきたというお話をしました。

自分が提案したものが、世界中を駆けめぐり、ブームを起こす。そんな夢を、ハーフサイズブーム、超小型一眼レフブーム、キャップレス・ケースレスブームと3回も現実のものとして実感することができました。

これから、みなさま方も本来的な価値を求めて邁進する技術者であってほしい。優れた製品をどんどん市場に出して、止めても止まらぬ勢いを持って業績を伸ばしていくことが、今のオリンパスに必要なことではないでしょうか。それの原動力となるのが価値創造であると考えます。